KAMITSUBAKI STUDIOに所属するバーチャルシンガー・花譜(かふ、敬称略)は6月11、12日に、2ndワンマンライブ「不可解弐 REBUILDING」を東京の豊洲PITにて開催する。
花譜にとっては、2019年8月に開催した初の「不可解」以来となる、久しぶりのリアルかつ観客ありでのワンマンライブ。名前の通り、バーチャルライブハウス「PANDORA」からオンライン中継した昨年10月の「不可解弐 Q1」、今年3月の「不可解弐 Q2」という2回の再構築に加え、新たに「不可解弐 Q3」を加えた全3回の公演となる。このうちQ3はYouTube Liveで無料視聴が可能だ。
花譜のライブというと、音楽やステージ演出の素晴らしさはもちろん、何かのサプライズが仕込まれているのが特徴だろう。音楽的同位体「可不(KAFU)」や5人組バーチャルアーティスト「V.W.P」など、ある意味、KAMITSUBAKI STUDIOの次なる挑戦をお披露目する場ともなっている。
今度の「不可解弐 REBUILDING」では、どんな新展開を見せてくれるのか。花譜のプロデューサーであるPIEDPIPER氏をインタビューしたところ、花譜のライブは音楽だけでない、体験の場として設計していることが明らかになった。不可解弐 Q2の振り返りや花譜と運営チームの成長も交えつつ、REBUILDINGへの葛藤とこだわりを聞いた。
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高校生の今しか見せられないライブを
──3月の「不可解弐 Q2」ですが、ライブ構成も表現も、その背景にあるストーリーも圧巻すぎて驚きました。
PIEDPIPER氏(以下、P) がんばり過ぎたところもあります。だんだん大変なものになっていったんです。コロナ禍によって良いことも悪いこともありました。不可解弐は元々リアルライブ路線で進めていたのですが、コロナ禍がきっかけで「バーチャルライブハウス」という新しい表現への着手につながりました。5月にお客さんを入れないで実施した理芽のARライブ「ニューロマンス」もそうですが、この1、2年の中で生まれた新しい潮流だと思います。
──いずれも、ファンの心に届く表現としてきちんと結果を出してきているのが素晴らしいです。だからこそ「不可解弐 REBUILDING」のためのクラウドファンディングに8000万(8260万9888円)も集まったという。
P そうですね、それはそうかもしれない。1億を超えるプロジェクトがどんどん出てくるなど、コロナ禍でクラウドファンディング界隈自体に追い風が吹いてますが、それでも前回の「不可解」のクラウドファウンディングと比べたら倍以上も支援いただけました。とてもありがたいです。
──「不可解弐 Q2」はYouTubeで無料配信しました。そのお返しがしたいというファンも結構いたのではないでしょうか?
P 花譜はまだ認知を広げる時期で、本当はクローズドな有料課金にしたほうがビジネス的にはもちろんいいのですが、コアなカルチャーで終わらせたくないという気持ちがすごくありました。だから「不可解弐 Q2」はどうしても無料で提供し、ライブを体験してファンになって欲しいというのが課題でした。
──クラウドファンディングの金額は倍以上になりましたが、公演はQ1:RE、Q2:RE、Q3と3倍です。いくらQ1、Q2が元になる公演があるとはいえ、バーチャルとリアルで会場が変われば装置も演出も異なるわけで、制作がかなり大変そうです……。
P 実はQ1:RE、Q2:REでも新要素を入れていて、ある意味では別物にはなっています。過去に参加した方でも見るに値する内容なのでお披露目が楽しみです。
──えっ、これ以上何を追加するんですか(笑)。ネタバレにならない範囲で、3公演でやろうとしていることを聞かせてください。
P ある種のディレクターズカット的なことなので追加だけではないです。まず舞台装置。詳しくはライブで見ていただきたいのですが、新しいパートナーと組んでよりライブステージ上の花譜の存在感がアップデートしています。特に会場で観ていただくお客さんなら、最初の「不可解」のときと全然違うものを見せられると思います。
──5月29日には現地開催を発表しました。制作側としては現地で見てほしいですよね、本当に。
P もちろん感染を拡大してしまうのはダメですし、正直ギリギリまでわからない部分もありました。でもそのためにここまで努力してきましたし、配信が中心になるとは思いますが、できれば現地でも見ていただきたい。やっぱり花譜は高校生で、当たり前ですが人間なのでリアルタイムで成長していくわけじゃないですか。その中で今でしか見せれないものってどうしてもあると思うんです。このタイミングでしかできないことをやらなきゃいけない。でもそれでファンを傷つけることはあってはいけないから、最大限細心の注意を払うつもりです。
仮に無観客の配信にせざるを得なくても、今創っているものは相当すごいものになると思うので、僕は実施するべきだと考えていますが、色々な方の意見を聞いていると迷いもありました。正直、本来はただのひとつのライブをやるだけなのに、ステージ外で様々なネガティヴな要素が出てきてしまっているのが本当に苦しい闘いだな、という気持ちもあります。
──ライブエンタメは今、本当に辛いですよね。考えてみれば、今回のように一度オンラインでやったライブをリアルで再構築するって事例がそもそもあまり聞かないです。
P そうですね。なのでそれが中継オンリーだったとしても、「バーチャルライブハウス」と実際に「豊洲PITの空間に作り込んだ世界」はまったく意味が違うと思ってるんです。
──考えてみればQ1、Q2を再構築して見せるというのも、演劇を同じ台本で再演するようで、一度限りで終わる音楽ライブの世界では珍しいかもしれません。
P 実はそこはバーチャルのよさじゃないかと思っています。同じ公演をマイナーチェンジしながら「より鋭いもの」にしていくというのは、通常のバンドのライブとかでは考え付きにくいですが、演劇だったらあるかもしれない。そうした発想に近いものになってきているかもしれませんね。
リアルの体験ではあるんだけど、そこに物語性を入れることも、普通のライブとは違う可能性を目指しています。ライブの最後に「See You Next Experience」という言葉をいつも入れていますが、「体験を創る」ということを最重要視しています。
だから「ワンマンライブなのか?」と言われるとちょっと違ってきていて、見方によっては音楽を軸にしたエンターテイメントみたいなものに発展しつつあるのかもしれません。それでも一番大事なのは何よりも花譜の歌で、それを技術やクリエイティブによってどう最大化できるかを考え続けています。
──そもそもVTuberのライブってだけでも挑戦ではあります(笑)。
P 歴史が長いバンドやアイドルなどの業界と違って、バーチャルのライブは誰かが「これ」というスタンダードを決めているわけじゃないし、本当は自由じゃないですか。そしてちょっとずれたことをやるのが僕らのよさでもあると思っています。でもいい意味で花譜を熱狂的に聴いてくれている「観測者」の方々が増えてくれたからこそ、ファンの方々の観たいものが細分化してきているような気がします。
もともとこのREBUILDINGも、Q1、Q2だけやって終わりでよかったんです。でもQ2において、5人の魔女による「V.W.P」を発表したときに、喜んでくれる人がいる一方で、「ワンマンではないから嫌だ」という声もあって、賛否両論だった。元々の孤独感のある花譜のよさが好きだって方々がいるのもすごく分かります。そうしたファンの方々も裏切りたくないと思っていて。今回新たにQ3を追加した理由のきっかけの一つになってるかもしれません。
──えええ……。作業的に「地獄の釜の蓋」を自ら開けに行った感じじゃないですか。
P 花譜のファンの子達ってすごく若くて、純粋な10代の子達が多いんですね。真っ直ぐに受け取り過ぎて、ときにはこちらの意図がうまく伝わらないこともあります。そんなファンの声に対して、僕らもネガティブに受けとり過ぎてもいけない。でも観測者の方々の期待も裏切りたくはない。色々な声に左右されそうなこともありますが、それを踏まえた上で自分たちの軸はずらしてはいけないとは思っています。
「どの公演がよかったですか?」という皆さんの意見が聞きたくて、今回3公演を意地で創り上げています(笑)。ただ、全体の仕込みの量が尋常じゃない感じになってしまって、現場も僕も疲弊しまくっていて、3公演同時開催はもう二度とできないかもしれません。
──そりゃそうですよ! 普通に考えて、以前にやったリアルライブ「不可解」の3倍の仕込み量じゃないですか……!
P そうなんです、元になってる構成が有るとはいえ、基本的には違う公演なんです。だから「3つ同時に違うものをやるのはもうやめるから、今回だけは乗り切ろう」って言いながら何とかみんなが折れないようにがんばっています(笑)。
逆に現場のチームからはこれを体験したらもはやなんでも出来るねって話も出ていたり。僕もこの3公演が無事に終わらせられたら、次のワンマンはもっとスゴいことができるんじゃないかと思っています。とにかく、それぞれが違う良さのあるQ1:RE、Q2:RE、Q3を是非見てくださいというのが、今伝えたいことです。
──お客さんが見たいものと、自分たちやりたいことの問題はどの業界でもずっと付きまといますよね。インディーの頃からバンドを追っていたファンが、メジャーに行った途端に「変わってしまった」みたいな話をするのと近い。
P 常にそういうことってありますよね。だからそこは難しい。お客さんが求めてることは絶対に盛り込みたいけど、でもそれだけじゃない。なので自分達の中の基準を信じるしかないですね。
──エンターテイメントの規模が大きくなればなるほど、お客さんは保守的になっていくと思います。ライブで新曲とかに挑戦するより、よく聴いてる有名曲だけやってほしい、みたいな。
P そうですね。それも決して間違ってはないんですけど、今、ルールがないバーチャルのライブだからこそ、やっぱりもう少し鋭いことに挑戦したいんです。
アーティストとして成長しつつある花譜
──挑戦という話を受けて、花譜さんやKAMITSUBAKI STUDIOの運営チームが、初のライブから約2年かけて積み上げてきた成長についても聞いておきたいです。
P まず花譜の成長でいうと、アーティストとしての才能が開花してきているなと思います。初めて会ったときと比べてすごく語彙力が増えていて、MCなどで話すときはまだおぼつかない感じですが、文章を書くと誰も思いつかなかったような言葉が出てくるようになっていたり。
今回の演目にあるポエトリーリーティングの映像の言葉も彼女が手掛けていて、素晴らしいなあと思っています。花譜はちゃんと考えたらすごく語彙力があるのに、人としゃべると急に言葉が出てこなくなっちゃうタイプというか。カンザキイオリくんが作詞・作曲したものを歌うという点では彼女はシンガーですが、ポエトリーを自分で書けるのはもう「アーティスト」の領域だと思うんです。そういう意味で、シンガーからアーティストに段々変化してきてる感じがしています。
あとは単純に結構ギャグセンスもあったりするので、そういうところは最大限出してあげたいなと。この辺の話割と「方向転換したな」とも言われてたりしますが、最初の段階では彼女自身の面白さやギャグセンスは、僕もそのポテンシャルが良く分かっていなかったんです。それで途中から本人の面白さを出していくようになったら、ちょっと面白いところが出過ぎちゃった部分もありますね。でも、シリアスなのも、面白いのも両方花譜なんだと思っています。
──運営チームではいかがでしょう?
P 運営でいうと、バーチャルアーティストとしてのライブの知見がたまったのが一番大きいです。例えばライブ制作において専門的なスタッフが揃いはじめていて、以前とは段違いなクオリティーでバーチャルライブを実現できるようになった。
また当初は技術的に進んだことは特にやってませんでしたが、良い外部のパートナーと組めたことで、Q1&Q2のバーチャルライブや、理芽の「ニューロマンス」のARライブ、そして今度のREBUILDINGなどの表現などが実現化してきました。その成長は日々感じています。
──KAMITSUBAKI STUDIOにとってある種の初音ミク的な切り口でもある音楽的同位体「可不」も気になります。
P そうですね。実は「可不」の予約が驚く程伸びているんです。ネットでも15曲ぐらいボカロPの方々に依頼した楽曲が既に公開され始めていて、syudouさんの「キュートな彼女」をはじめ累計で1600万以上再生されている。これは花譜だけでは実現できなかったことで、なるべく可不を伸ばした上で花譜にもなんらかのクリエイティブなフィードバックをしていきたいです。
正直、「可不」はどんな風に受け取られるのかという不安は当初からあって、それでも可能性が拡張できるんじゃないかなと思って頑張ってきたのですが、結果としてはこのプロジェクトは進めて良かったなと思います。7月7日の発売後にどんな動きになるのか楽しみです。
──ライブでも、合成音声でも、歴史を受け継いできているという。花譜さんが最初に投稿を始めた頃と比べると、だいぶプロジェクトの規模も大きくなりました。
P そうですね。社内の運営チームだけというよりは、一緒にやってる川サキさんやPALOW.さんをはじめとするクリエイターさん、パートナー企業、ライブ制作チームなどのおかげで拡張できていると実感しています。
しかし本当にQ3を含めたREBUILDINGの制作が大変すぎて、二度と実施できないレベルです(笑)。一方で僕らはライブが1番のR&D(研究開発)だと思っていて、そこで進化していく為の実証実験を行っていると考えています。だから普通のアーティストのように頻繁に開催できないですし、1回1回を本当に作り込んで皆様の思い出に残るように頑張っています。6月11、12日、ぜひ「不可解弐 REBUILDING」にご参加ください。
(TEXT by Minoru Hirota)