なぜメタバースで過ごすのかと問われれば、「そこに帰る日常があるからだ」というのが筆者の個人的見解だ。筆者は、ソーシャルVRサービスの「VRChat」を始めて約9ヵ月で3000時間程度、平均して週に100時間以上、1日に10時間以上はVRゴーグルを被って同サービスにログインしている、「メタバース住人」の中でもかなりヘビーな部類に入る人間だ。どうして、特定の目的もない自由すぎるこのゲームに数千時間も費やすのか、そんなにも長い時間いったい何をして過ごしているのか。傍目から見ればわからないことだらけではないかと思う。本稿では、そんなの生活を、筆者の個人的な体験に基づいて紹介していきたい。
すでに「メタバース時代」は到来している?
──と、冒頭から飛ばしてしまったが、本編に入る前にメタバースに関する基本情報から押さえておこう。Facebookの「Meta」への社名変更以来、「メタバース」という言葉を耳にする機会が急増した。そもそもメタバースとは何か。先月に配信プラットフォーム「Twitch」のディレクターなどを務めるShaan Puri氏が興味深いツイートを投稿していた。
曰く、「メタバースとは時代である。我々のデジタルライフがフィジカルライフよりも価値があると感じる『時』がメタバースなのであって、一夜で訪れるものでもなければ、特定の発明家により興されるものでもない」と。端的な定義とは言い難いものの、本質をついた言葉ではないかと思う。
メタバースに近いものを実現しているサービスとして「ソーシャルVR」が挙げられる。具体的には、これまでPANORAでも紹介してきた「VRChat」「cluster」「NeosVR」などのことだ(関連記事)。VR空間上で、人々が交流をし、創作し、BOOTHでの3Dモデルデータ販売や、即売会イベントなどの経済圏も発生しており、もはや社会基盤が出来上がりつつある。筆者のようにすでにソーシャルVRにどっぷりハマっているユーザーも多数いて、SNS上では彼らを「メタバース住人」「メタバース原住民」と呼ぶこともある。
メタバース住人のとある1日
筆者も、そうした「メタバース住人」の1人だ。主に使用している「VRChat」のプレイ時間は始めて8ヵ月程度で2800時間を超え、平均しても週100時間以上、1日10時間以上はVRゴーグルを被って同サービスにログインしている。
上図は筆者のある1日を円グラフ化したものだ。ご覧のとおり、24時間丸々ログインしている。毎日こうというわけではないが、決して珍しくない。トイレや入浴などで一時的にログアウトすることはあるものの、そうした必要最小限を除けば、生活そのものがVR空間上にシフトしている状態がここ数ヵ月続いている。ライターとしての執筆作業をVR空間で行うこともままある。以下、もう少し詳しくご紹介しよう。
VR睡眠・挨拶回り・書き置きという文化
メタバース住人の夜は遅い──。いや、単に筆者が夜型のコミュニティーに属しているだけなのだが、平日でも27時頃までは遊んでいる人がいる。25時頃まではピークタイムといった具合だ。いつもだいたい、夜遅くまでフレンドと雑談したり、ワールド巡りをしたり、流行のワールドに遊びに行ったりした後、眠くなってきたら暗いベッドがあるようないわゆる「睡眠ワールド」に移動する。そのまま寝落ちのようにして眠るのだ。もちろんログインしたまま、人によってはVRゴーグルを装着したままで。
これは決して珍しくない。筆者も初めの頃は信じられなかったが、「VR睡眠」と呼ばれる文化がある。いわゆるゲームプレイ中の「寝落ち」とはまた違い、あえてVRの世界の中で眠ることを前提にログインしている層が一定数いるのだ。その魅力を聞くと、多くは口をそろえて「毎日が修学旅行の夜みたい」だと話す。寝る直前まで友人と一緒に過ごし、話し込んでいるうちにいつの間にか眠りに落ちてしまう、あの感じだ。
「そんなんで熟睡できるのか?」と思う人もいるだろう。これは慣れもあるし、人によるとしか言えない。もちろんお勧めもしない。筆者の場合は、寝る直前にVRゴーグルを枕元に置いてしまうため、多少PCのファンの音が気になる程度で特に問題なく毎日眠れている。VR睡眠後も特に不調を感じないので、最低限心身の健康は保てているのだろう。そしてまた、メタバースでの1日が始まる。
朝起きたら、まずVRゴーグルを被る。スマホの確認すらしない。VR空間内でデスクトップ画面を表示し、連絡などを確認したら、次に行うのが「挨拶回り」と「書き置き」だ。
「ソーシャル」と付くだけあって、ソーシャルVRは「人付き合い」がメインコンテンツだ。フレンドと和気あいあいと時間を過ごす。そのために大切なのが挨拶だ。メタバース住人は挨拶を非常に大切にする。リアルだと、友人に毎朝「おはよう」とか、寝る前に「おやすみ」とメッセージを送っている人は多くないだろう。しかしVRChat上では、寝る前や朝起きたときにフレンドに会いに行って挨拶をして回る通称「挨拶回り」と呼ばれる文化が定着している。
朝の場合は、JOINした先のフレンドがまだ寝ている場合がある。その際には「書き置き」といって、ワールドに設置してあるペンでメッセージを書き残しておく。大抵は「おはよう」のひと言と名前だけの簡単なものだ。ただそれだけでも、起きたときにフレンドからの書き置きがあるというのは、かなりうれしいものだ。こうした人とのつがりの価値を再発見させてくれるのも、メタバースの魅力と言える。
「VR作業」に必須のオーバーレイ
朝の挨拶回りが終わったら、そろそろお昼時。ここで、VRゴーグルを被ったままどこまで「実生活」が可能なのかという点に触れたい。結論から言えば、部屋の中で完結することは基本VRゴーグルを被ったまますべてできる。ここで重要になるのが「オーバーレイ」と「パススルー」だ。
PC作業をしたい時は「オーバーレイ」を使う。これは、SteamVR対応の外部ソフトでVR空間上に仮想デスクトップを表示できるソフトウェアだ。VRChatユーザーの間では、有料の「XSOverlay」(製品リンク)というアプリが最も有名で、そのほか無料の「VaniiMenu」(製品リンク)などもある。主に、VR空間内から配信活動をするVTuberなどの間で重宝されるソフトだが、これをうまく使いこなせるかどうかで「VR作業」の可能性が大きく変わる。
「VR作業」は意外にも快適だ。オーバーレイで表示したデスクトップ画面は、サイズも距離も自由自在。複数ウィンドウを同時に出力することもできる。キーボードは、仮想キーボードが使用できるものの、正直リアルのキーボードには及ばないため、VRゴーグルを被ったままPCをタッチタイピングして操作している。
これさえあれば、メッセンジャーアプリで連絡を取ったり、映画やアニメを大画面で見たり、なんなら執筆活動もVRChat上で完結してしまう。
「VR飲食」はパススルーで
飲食の際には、Oculus Quest 2の「パススルー」機能が便利だ。パススルーとは、Oculus Quest・同2において外部カメラを用いてゴーグルを被ったまま外部を確認できる機能のこと。パススルーを使えば、狭い部屋でも障害物を避けて動けるため、かなり重宝する。ソーシャルVR上では「VR飲み」「VR飯」など、VRゴーグルを被ったまま飲食をする文化が定着しているのだが、こうした「VR飲食」を行う際にもこのパススルーが活躍する。
ただし、上級者になるとパススルーさえも不要だ。VR飲食のコツは慣れである。人は慣れ親しんだ場所であれば、目をつぶったままでも自身の位置を把握して自由に動くことができる。これと同じように、自身の机の上に置いたコップや皿、スプーンや箸の位置を把握して、口に運ぶのだ。絶対にこぼさないとは言えないが、やってみると案外簡単なことがわかる。ちょっと手元が不安なときは、Quest 2の側頭部を2回タッチしてパススルーを呼び出せばいい。
この「オーバーレイ」と「パススルー」2つの機能をマスターすることで、いよいよVRゴーグルを外す理由がなくなってくる。VRゴーグルを被ったまま生活を完結させられるようになるのだ。
ところで、「ずっとVRゴーグルを着けていて重くないのか?」と思っている読者は多いだろう。筆者のようなヘビーユーザーからしても、やはり現状のVRゴーグルは重い。Oculus Quest 2ですら500gを超え、これを装着したままの作業は本当に集中したいときには正直、厳しい。ガチで長時間作業したいときはVRゴーグルは向かないのは確かだ。逆に気軽な作業であれば、外出せずに綺麗なワールドや落ち着くBGMを設定してカフェ作業気分が味わえる。このため、筆者は作業が軌道に乗るまでの気分転換に使用することが多い。
数千キロを超えた交流がすぐそこに 外国語学習にも
昼過ぎから夜までの間は、どこのプラットフォームも日本人が少ない。平日であればなおさらだ。そうした時間帯に筆者が最近力を入れているのが「国際交流」だ。日本人ユーザーの多くは日本人コミュニティーで生活しているため、時差の関係などもあり、海外のユーザーとコミュニケーションを取る機会はかなり少ない。しかし、せっかくのグローバルサービスだ。外国語学習に役立てたいという人もいるだろう。
筆者はもともと留学経験もあり、英語に関しては聞くことはある程度得意だか、話すのは苦手で会話の輪にはなかなか入っていけないという程度の語学力だ。改めて、VRChatを英語学習に役立ててみようと使ってみると、いくつかのメリット・デメリットが見えてきた。
まず、トライ&エラーを積み重ねやすいというのは大きなメリットだ。特にVRChatは日本人や日本文化に関心のある海外ユーザーが比較的多い。そのため、「英語を勉強している日本人だ」と伝えるだけで、話に付き合ってくれる人が多い。最初のうちは相手が何を話しているか、自分がどう伝えればいいかわからなくても、いろんな人と気軽にトライ&エラーが繰り返せるのは外国語学習にとって非常にいい環境だ。また、自分も相手も「アバター」であるというのもメリットになる。外国語学習でハードルになるのが、不安や恥じらいだ。しかし、バーチャルの世界であれば殻を破りやすい。少しの勇気を出しやすい環境と言える。
デメリットとしては、音質の問題とリップシンクの問題がある。相手のマイク環境によっては、発音が不明瞭だったり、声が聞き取りにくかったりするケースがある。また、現実の外国語コミュニケーションの場合、相手の口元の動きを見ることがリスニングの手助けとなるケースが多いが、アバターのリップシンクでは「しゃべっている」以上の細かい動きまでは伝わらない。相手の声に集中して聞き取るしかないため、この点ではリアルの会話よりハードルが上がる。
筆者も、日本文化が好きな海外ユーザーが集まるワールドや、中国、韓国など海外で人気の集会ワールドなどに顔を出して、時折こうした国際交流を楽しんでいる。日本語がわかる・話せる海外ユーザーも実はかなり多いので、語学学習を抜きにしても異文化を知る面白い機会となるだろう。これまで、記憶している限りで韓国、中国、ロシア、アメリカ、イギリス、フランス、ヨルダン、インドネシアなどさまざまなバックボーンを持つユーザーと知り合えた。こうした国際交流・異文化交流も大きな魅力の一つだ。
「ケ」としてのVR体験? 一番の魅力は「雑談」
VRChatで遊んでいると、よく上図のような光景に出くわす。フレンド同士が一塊になって、ミラーの前で談笑する姿だ。実は、筆者を含め多くのVRChatユーザーが一番時間を費やしているのはこうした「雑談」にこそある。会話の内容はさまざま。アバターの話やUnity、Blenderの話などから、最近あったVRChatでの出来事や身近な出来事、とりとめもないただの世間話など、まさに雑談だ。ミラーの前に集まるのは、顔を突き合わせるよりあまり動かずに視野を広く取れるからだろうか。「VRChat民は鏡の前に集まる習性がある」なんて冗談もよく耳にする。
集まる理由は特にない。ただ理由もなく、友達同士で集まってだべる。社会人になると、実生活で「理由もなく集まってただ時間を一緒に過ごす」機会はそう多くないのではないだろうか。ユーザー同士で、VRChatの魅力は何なのか、という話をしていると「VRChatは青春の追体験だ」と言う人がいる。大人になっていく間に忘れてしまった、理由もない人とのつながり。ただなんとなく気が合うから一緒にいる。特にすることがなくても一緒にいておしゃべりする。話すことがなければ、ただ一緒に時間を過ごす。序盤に書いたVR睡眠も同様だ。そんな、幼いころは当たり前だったのにいつの間にかしなくなってしまった「不要不急のつながり」。この価値を再発見できるというのが、ソーシャルVR最大の魅力だ。
2020、21年はコロナ禍だった。「不要不急の外出」を制限され、気軽に人と会えなくなった時代。そんなときにバーチャルの世界に行けば、いつものメンツが理由もなくいつもの場所に集まってる。そこに新たな人生が、「生活」が待っている。
もうひとつの「日常」 新たな世界へ飛び出そう!
もちろん、ダラダラと過ごすだけがソーシャルVRの魅力ではない。イベントなどのコンテンツも豊富だ。毎週のように話題のワールドが生まれて、リアル再現系だったり、ファンタジー系だったり、旅館や家のワールドだったり、はたまたゲームだったり、フライトシミュレーションだったり、ワールドの数は軽く万を超え、いくら巡っても巡り切れない。
また、ユーザー主体のイベントも数多くあり、多い日で1日50件を軽く超えることもある。自分でイベントを開きやすい環境でもあり、筆者も「週1交流会イベンター」として、毎週テーマを設けた交流会を開くなど精力的に活動している。最近では、「SANRIO Virtual Fes in Sanrio Puroland」など公式公認の有料イベントなども現れ、さらにクオリティーの高いVR体験が開拓されていくだろう。
そうした、「ハレ」のVR体験も重要な要素だ。しかし、筆者は「ケ」としてのVR体験にこそメタバースの魅力があると感じている。それが、前述した「不要不急のつながり」だ。「ハレ」だけでよければ、1日15時間、週100時間以上ログインする必要はない。イベントの時だけログインすればいい。大事なのは日常だ。筆者は、日常を過ごすためにメタバースにダイブしている。
Meta(旧Facebook)の創業者であるマーク・ザッカーバーグ氏は、社名変更後初の「創業者の手紙 2021」にて、以下のように述べている。
「Feeling truly present with another person is the ultimate dream of social technology.(人と人とのつながりを本当に実感できることは、ソーシャルテクノロジーの究極の夢である。)」
繰り返すが、メタバース最大の魅力は、「ケ」としてのVR体験だ。これは、実際にVRゴーグルを被ってソーシャルVRサービスに浸かって初めて理解できる感覚だ。なにも、筆者のようにどっぷりハマる必要はない。しかし、まだ一度も体験したことがないという人はぜひ、一度こちらの世界に飛び込んでみてほしい。きっと、素晴らしい出会いが待っているはずだ。
(TEXT by アシュトン)
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