みなさんは、今年6月にYouTubeにてスタートしたAI実験プロジェクト「ゴー・ラウンド・ゲーム」(ごらんげ)をご存じだろうか?(ニュース記事)
「じっきょロイド」と呼ばれるAI制御のキャラクター2人が麻雀で対戦し、視聴者はどちらかの配信を見ながらコメントで参加する……と書くとなんだか普通に聞こえてしまうが、実は新しい遊びの価値を生む可能性を秘めている存在だ。
29日、バンダイナムコエンターテインメントは、この「じっきょロイド」たちを含むAI配信キャラクタープロジェクトを「プレイBYライブ」という名称でスタートすることを明らかにした。AI技術の協力はバンダイナムコ研究所が、そして開発に関わっているのはAI VTuber「紡ネン」(つむぎねん)の稼働で知られるピクトリアだという。
この「ごらんげ」のプロデューサーは、VR業界ではおなじみ、「サマーレッスン」を手掛けた玉置絢(たまおきじゅん)氏だ。大のVTuberファンでもある玉置氏が、AI VTuberで目指す世界は何なのか。どんな可能性を秘めているのか。その魅力をまとめていこう。
リアルタイムで干渉できるからこその功罪
VTuber(バーチャルYouTube)は2016年にキズナアイさんが自称したことから始まったジャンルになる。その面白さといえば、キャラクターなのにリアルタイムで干渉できるところにあるだろう。
従来、キャラクターといえばアニメやゲームの中の存在で、視聴者は干渉する余地がなかったが、VTuberはYouTubeやTwitterなどでコメントを投稿することで反応をもらえることもある。完成されたコンテンツではなく、対話が楽しかったり、みんなのコメントで一緒に盛り上がったり、VTuber同士が交流している様子を見て「てぇてぇ」となったりと、コミュニケーションの要素が足されたのが新しい。
VTuberは、モーションキャプチャー機器の低価格化、誰でも投稿できるYouTubeなどの動画プラットフォームと、どこでも視聴できるスマートフォンや高速なモバイル通信の普及といった、技術の進歩を受けて成立したジャンルだ。
しかし、出自はテックでも、業界で分類するなら完全に芸能だ。当初は「バーチャルだからスキャンダルがない」「『中の人』を交代して永続的に活動できる」とわれわれメディアも書いていたVTuberだったものの、蓋を開けてみればキャラクターというより、属人勢が非常に高いタレントやアーティストに近いことが判明した。
同時に、視聴者がリアルタイムで干渉できるがゆえの弊害も明らかになっていく。例えば、ゲームを遊んでるVTuberをラジコンのように扱い「○○したほうがいいよ」とアドバイスする「指示厨」や、「○○ちゃんがあなたのことをこう言っていたよ」と他のVTuberの行動をわざわざ伝える「伝書鳩」など、いわゆる厄介リスナーの行動も目立ってきた。そうしたコメントが繰り返されることに心が折れて、VTuber自身が引退してしまうという最悪な結果になることもある。
先の玉置氏はこう語る。
「VTuber業界は2019年頃から、一部の視聴者のマナーについて注意が向けられたり、そしてVTuberさん自身が自分の身を守るための各種ルールが、明示的にも、不文律としてもできてきたと実感しています。私はVRゲームを作り続けていたこともあり、ずっとVTuberに注目してきてイベントやハッカソンの審査員をするほどファンでもあるので、そのシーンをずっと楽しく見てきていますが、ときには応援していたVTuberさんが様々な理由でお休み・引退されるという悲しい体験もしてきました。
その思い出から気づいたのですが、見た目がキャラクターなので、視聴者の中には『自分が教えれば理想の配信者になれるんじゃないのか』と育成ゲームのようにプロデュースしたがる人も少なからずいる。しかし、配信者の方にとっては、自分が楽しくてやっているのに、こういった『無理に指示する人』や『NGな伝書鳩をする人』は耐え難い存在であって当然です。VTuberさんたちご自身や業界スタッフの方々の努力もあり、こういった問題行為はコントロールされてきつつありますが、根本的には、こうした『育成ゲーム的ニーズ』の捌け口がVTuberの世界になく、全てが配信者さんの負担になってしまっていることがよくないのでは? むしろゲームから何か出来ることはないのか? と気づいたんです」(玉置氏)
掲示板でも、Twitterでも、YouTubeやニコニコ動画でも、インターネットのコンテンツは双方向性、自分が干渉して何かが変化するところに面白みを感じて人が集まることが多い。そもそもインターネット関係なく、人間は「誰かに干渉したい」、なんなら「わしが育てた」と、関係性の中で自分の存在価値を見出したり、誰かより優位に立ちたい、そのためなら金も出すという欲望を抱えた社会的な動物だ。
そんな業の深さは、VTuberのタレント本人や、VTuberの世界を愛する全ての人々の協力によって鎮めらているわけだが、そこへさらに違うアプローチから貢献するかもしれないのが、新形態のAI VTuber「じっきょロイド」になる。
多人数の声を受け取り、みんなの指示で考えが変化するAI
では「じっきょロイド」が何をやっているかも解説しておくと、現在は夕映(ゆうは)、佐鳥ネオン(さとりねおん)の2人(2体?)が稼働しており、2人打ち麻雀で対戦しているほか、雑談配信やショート動画の投稿などを行っている。配信では、ユーザーのコメントを読み上げて、声(合成音声)とコメントで反応してくれる。やっていることは普通のVTuberと同じだ。
では何が違うのか。決定的なのは思考の部分で、具体的には「多数よせられるコメントからいずれかを選んで適切に反応する」と「投票を受けて行動を変える」の2点を自動で行なっている。
このうち前者は、要するにチャットbotだが、例えばテキストを入力して適切な答えを返してくれるサポートサービスのような1対1ではなく、複数人から投稿されたコメントに対応できるのが特殊だ。しかも、どれだけコメントの「流速」が早くても全員分をチェック可能。逆にコメントがないときには適切な話題を振ってくれる。ちなみに、「荒らし」やひどい言葉のコメントにもある程度対応できるようになっているものの、実は現状、コメント欄が平和であまり発動していないとか。
その上で、重要なシーンになると、後者のように視聴者に選択肢を出して決断を委ね、それを学習していく。玉置氏によれば、元々、夕映は「テンパイ即リー」(上がりまで1手になったらすぐリーチする)傾向だったが、聴者がチャット欄で行う投票でリーチしないことを学び、状況によっては「ダマ」(上がりまであと1手を隠す)で進めることも多くなったとか。
「『ごらんげ』のようなAIキャラクターをみんなで動かすゲームの新たなジャンルを『プレイBYライブ』、PBLと呼んでいて、それは『プレイバイメール』、PBMが元ネタです。手紙を使うTRPGのようなもので、編集部に自分のキャラクターを動かす指示をハガキで送ると、その翌月にキャラクターの行動や成長の結果が返ってくるという遊びです。この独特のゲーム性を動画生配信(ライブ)の時代に置き換えたらどうなるか、という考え方の延長線上で、そこにVTuberの概念とAIの技術を盛り込んでいます。ですから、『ごらんげ』のAIキャラクターたちは人間のVTuberと違って、ファンから指示を受けるのを前提に行動しています。まさにこの『プレイBYライブ』プロジェクトだけは、『指示厨』大歓迎なわけです」(玉置氏)
合成音声も特殊だ。VTuberの中には、Zentreyaさんのようにテキスト読み上げを使っている方もいるが、「じっきょロイド」ではより感情が乗っている風に喋るように調整した。もちろん一定日数配信に参加していると、コメント欄のユーザーの名前も生成して呼んでくれるようになる。
まとめると
・多数のコメントを相手にする特殊なチャットbot
・投票を受けて行動を変える配信用攻略AI
・感情が乗っている音声合成
という3点がキモになる。いずれもバンダイナムコ研究所の技術で、「ごらんげ」だけでなく、今後はバンダイナムコが仕掛けるメタバース内でもスタッフ的に活用しようという構想があるそうだ。
YouTubeをゲームプラットフォームとしてハック
さて、一番肝心なのは、結局、面白いかどうかだろう。
この辺、まだ稼働して3ヵ月、2体しか存在していないため判断が難しい。AI VTuberをうたって文脈的にもVTuberに沿っているが、その実、VTuberとは違うエンタメになると思われる。おそらく、ソーシャルの要素が加わったリアルタイム育成ゲームだ。
「自分自身がずっとVTuberさんの配信を聴きながら暮らしている大ファンなので、VTuberさんからお客さんを奪ってこようとは一切思っていないし、そんなことは出来ないとよく理解している。VTuberの人間っぽさや、人生を賭けている感じ、人気者になりたいといった生の欲求はAI VTuberでは実現できない。そうではなく、VTuberとちょっと違う楽しみ方ができる存在で、VTuberの配信を楽しむのと平行して一緒にゲーム感覚で楽しんでほしい。AIは個性が白紙に近いからこそ、子育てのようにみんなで教えていくのも楽しみのひとつ」(玉置氏)
そもそも「ごらんげ」のスタート地点は、最先端の技術を身近でオタク的にもわかりやすい形に落とし込んだエンタメをつくりたいという玉置氏の思いにある。ニコニコ動画でいう「技術の無駄遣い」で、そのひとつであるVRの「サマーレッスン」を世に送り出したあと、次に何をしようかと考えていたときにAIが目についた。
「VRのあと、より多くの人が持っているスマホを対象に新しい技術をからめて何か遊びが提供できないか。そう考えて2017、18年ぐらいからAIの企画をつくっていたのですが、AIはVRとは全く違う世界なので、試行錯誤が続いていました」(玉置氏)
そこにゲーム実況という発想が加わった。
「当時からVTuberにハマっていたのですが、見た目はゲームキャラみたいな存在なのに、もちろんですが実況しているゲーム内には登場せず、あくまでメタな実況者としてゲームを実況しているという文化がゲームメーカーにはない発想だと思いました。これを逆手にとって、その『実況されているゲーム』をつくっている企業が何かできるんじゃないかと」(玉置氏)
スマホでゲーム実況を見ながら、みんなでAIを育成する。今は「じっきょロイド」が2人だが、その先には、性格やプレイスタイルが異なる複数の「じっきょロイド」がいて、自分の「推し」を育てた上で、実況しながらゲームで競わせるというステップが来るだろう。
現状でも、育成シミュレーションは一大ジャンルで、複数いるキャラクターから自分の「推し」を育てて大会などに送り出し、ネット越しにプレイヤー同士で対戦するというのはよくある遊び方だ。
同じニーズを、ゲーム機よりさらにハードルが低い、アプリすらインストールせずに、スマホで実況を見ながらコメントしているだけで実現しようとしている。ある意味、YouTubeをゲームプラットフォームとしてハックしているところが、「ごらんげ」の面白さのひとつになる。
「今の『じっきょロイド』は、衣装も含めてeスポーツも意識しています。やってることはコンピューター将棋の大会に近いかもしれませんが、コンピューター将棋はハイエンドでフルチューンされた技術で勝利に集中するF1みたいなハードな競技。eスポーツシーンでは勝つことだけでなく、プレイスタイルなどで愛される選手もいて、そうした個性を一緒に育てる達成感を味わってほしいし、今はまだ2人ですがそういう未来に行ければいいなと思っています」(玉置氏)
人間らしい存在としてのVTuberでは難しい、視聴者が共同のトレーナーやオーナーになれる未来があるかもしれないAI VTuber。ゲームのNPCではない、視聴者の妄想を刺激するようなAIの性格や声は何になるのか、育成することでどこまで成長できるのかという部分の手探りはありそうだが、少し先には、AI VTuberが大会に出て、生身やバーチャルの配信者と個性的な戦いを繰り広げる未来もあるのかもしれない。ぜひ「ごらんげ」の配信を覗きに行ってみよう。
©Bandai Namco Entertainment Inc.
(TEXT by Minoru Hirota)