空を舞い、心の窓を開けて 400人が固唾をのんで見届けたCIEL VRChatワンマン「空想劇-神椿市伍番街-」ライブレポート

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「あの神椿がVRChatにくる」という衝撃から、はや半年。オーディションで見出され、デビュー曲から映画主題歌に抜擢という華々しい歩みをたどってきた、KAMITSUBAKI STUDIO所属バーチャルシンガー・CIELさんが、VRChatの地で初のワンマンを開催した。

「空想劇-神椿市伍番街-」と名付けられたワンマンライブは、400名限定のVRChatと、配信の二枚看板で開催。11月のトライアルライブからさらにパワーアップした演出とともに、表現力豊かな歌声が響くステージとなった(配信のアーカイブページ

そして、活動休止を含む2つの重大な発表がなされる場にもなった。本記事では、さまざまな出来事が折り重なった、稀有なVRChat音楽ライブの全貌をお伝えする。


神椿市伍番街に、400人が集う

「空想劇-神椿市伍番街-」は、昨年11月の「CIEL LIVE SHOWCASE at VRChat」に続き、VRChatで開催。そして、CIELさん自身にとって初となるワンマンライブとなった。

KAMITSUBAKI STUDIO「CIEL」、初のVRChatライブレポート 400人が一緒にいたというライブ体験に感動

上演時間は1時間近く。今回は有料開催となり、VRChat現地観覧とZ-aNでの配信が実施された。VRChat現地は400名限定だったが、チケットは完売。前回のライブを踏まえた期待値の高さも、少なからず売上に貢献しているだろう。

会場は1時間前にオープン。神椿市の伍番街、巨大な防潮水門がそびえる海辺のエリアは、それ自体が見応えのある3D作品だ。会場そのものは前回のライブからほぼ変わっていない様子だが、やはりついついカメラのシャッターを切りたくなる。

ライブ会場の内部には、指定時間にならないと入場ができない。会場前には、まるで現実のライブ会場のように、パーティションで区切られた導線がしかれている。そして、参加者は一様に、この内側に並んでいた。空間の制約がないVRで、あえて「入場待機列」をつくる光景は、期待感を醸成する効果があるように思えた。

入場時間になり、会場へ歩みを進めると、そこには400人もの観客が詰めかけていた。VRChatでは、仕様上ひとつの空間には最大でも80人までしか収容できない。自分たちから見える「他の席の客」は、位置や動きを同期させて擬似的に見えている仕掛けだ。それでも、手を振れば振り返してくれるだけで、存在感は強く感じられる。

そして、KAMITSUBAKI STUDIO所属・幸祜さんの前説をはさみ、「空想劇-神椿市伍番街-」は幕を開けた。


トライアルから進化 序盤から圧巻のパフォーマンス

1曲目は「馥郁の街」。華やかでアップテンポなナンバーは、開幕の選曲にぴったり。力強いCIELさんの歌声に合わせ、香水を思わせる、花のようなエフェクトが鮮やかにステージを彩っていく。

晴れやかな幕開けのあとには、和やかなMCパートがはさまる。観客席に向けてコール&レスポンスを呼びかける姿には、アーティストとしての顔とは異なる、無邪気さが感じられた。そして、CIELさんの声に合わせて、元気よく飛び跳ねる観客の姿に、リアルのライブ会場のような一体感を感じられた。

続いて2曲目は「空より」。疾走感を感じる歌声とともに、ステージが飛翔。文字通り「空より」ライブが送り届けられる。

ライブ中にはしゃぼん玉が観客席へと飛んでくる。このしゃぼん玉は、手に触れると割れ、光の粒子となって鮮やかに舞う仕掛けが施されていた。演出にこちらから能動的に触れて、起動させることができる、おもしろい試みだと感じた。

あっという間に2曲が終了し、YouTubeでの無料公開パートもここで打ち止めに。ちなみに、ここまでのセトリや流れは11月のトライアルライブと同じだ。筆者にとっては、ある意味では「再演」に近いパートではあった。

そして、CIELさんが「自分の心の世界へとご案内します」と告げると──

私達は、見たことのない場所へと転送された。


CIELの「心の世界」を渡り歩く

暗闇に包まれた、小さな礼拝堂のような空間で、「空想劇-神椿市伍番街-」は続く。場面転換後に歌われたのはカバー曲の「法螺話」だ。暗がりの中で、CIELさんの身体は淡い光を放っていた。

「心の世界」と思われるこの空間には、同一会場にいた人々だけが転送されていた。400人の大観衆から、50人程度の小規模な群衆へ。ただし、空間の狭さから、「人が少なくなった」とは感じなかった。

そして、昼のように明るくなった途端、あたり一面にガラスの破片が舞い散る。まるで空間全体が割れてしまったと錯覚するほどだ。

4曲目「眼裏の懐疑」は、怒涛の演出の中で披露された。雷光もほとばしり、宙に浮くガラスにCIELさん自身の姿も映る光景は、それ自体がMV的演出だ。筆者も数多くVRライブを鑑賞してきたが、鮮烈さと没入感は、過去見てきた演出の中でも群を抜いていた。

5曲目は「少年漫画」。ここで再び場面が切り替わり、大きなステージが鎮座する空間へと移動する。

天井には現代的な照明が吊り下がっているものの、空間全体は積み木を連想させつつ、どこか抽象的。ステージの背後には、配管を思わせるオブジェクトが広がっており、歌唱中にはCIELさんを思わせる白い人影も見られた。はたして、その正体は。

「心の世界」では、MCパートなしで3曲続けて披露された。現実のライブ会場のような臨場感がウリだった冒頭パートと打ってかわって、MVの世界へ飛び込んでいくような大胆な空間展開に、VRが宿す「際限のなさ」をあらためて思い知らされた。「空想劇」というタイトルの意味も、ここで回収してきたと言えるだろう。


1stアルバムと活動休止。節目のステージに、全力を込めて

「心の世界」から神椿市に戻ってきたところで、CIELさんから2つの重大発表があった。ひとつは、1stアルバム「空想劇」の発売。全14曲収録の、CIELさんにとって初となるフルアルバムであり、アーティストとしてもひとつの大きな目標を達成した形だ。

そしてもうひとつは、今後の活動について。体調不良を原因に、この日のライブをもって、活動を休止するというものだった。休止期間は「当面の間」。明確な期日は設定しない休止となる。

CIELさんはその後のMCパートで、もともと歌うことが楽しかったが、活動を通して、少しずつ楽しく歌うことが難しくなっていったと、これまでの歩みを振り返った。そして、一度しっかりと休みをとり、心身ともリフレッシュしたいと、前向きなお休みであることを伝えた。突然の発表ではあるが、その後の反響を見ていても、多くの人は納得していたはずだろう。

少ししんみりとしながらも、気持ちを切り替え、コール&レスポンスからラストスパートへ。本日6曲目の選曲は「窓を開けて」。CIELさんのデビュー曲であり、「映画大好きポンポさん」の主題歌にも抜擢された、思い出深い一曲だ。ラスサビの前、”心が叫ぶ”ように「ありがとう!!」と声を張り上げる姿に、この曲にこめられた想いをあらためて感じる。

そして、トリを飾るのは「君の望み、君の願い」。休止前最後の舞台には、あふれんばかりの花が咲き誇った。舞い上がるような光の演出と相まって、情緒を震わせるようなステージが広がった。

万感の思いで歌い上げた直後、CIELさんは光に包まれ、ステージをあとにした。まるで花びらが散るような演出が、ステージに咲く花々と相まって、ひとつの節目を思わせた。月並みな感想ではあるが、寂しさをおぼえたのはたしかだ。

ライブ終了後、筆者もふくめ、観客は静かに会場を去っていった。楽しく興奮した様子というよりかは、なにかを噛みしめるように。すすり泣くような声も聞こえた。筆者自身、素晴らしいステージを目撃した衝撃と、CIELさんがしばらくの休止に入る寂しさを同時に抱えており、心の整理には時間を要した。


大人数で、アーティストの世界へ”飛び込む”稀有な体験

トライアルライブと同様に「400人同時収容」という技術的な限界に挑みながら、演出面も大幅にパワーアップした、圧巻のステージとなった。これほどのライブコンテンツを、開場から終演まで事故なく進行したことも好感触だ。

全体的に、トライアルライブを順当にスケールアップした構成となっていたが、「心の世界」パートは観客を「同一空間内の参加者」にしぼり、その上でCIELさんのほぼ眼前にまで移動できるようにしたのは大きなポイントだ。

400人収容会場は人数的なインパクトがあるが、座席によってはステージとの距離があり、なかなかに見えにくい。座席ごとのあたりはずれという、ある意味リアルな特性があったが、「心の世界」はそうした制約がグッと減った。座席による不公平感をある程度軽減する施策としても効果的だと感じた。

とはいえ、400人の大観衆の迫力も捨てがたい。人数が多ければ多いほど、会場に宿る熱気はやはり大きなものになる。人数制限が重くのしかかる現在のVRChatにおいて、圧倒的な表現力と、大観衆の存在を両立できる本イベントは、まさにいいとこどりだ。

そして、ライブ会場から「心の世界」へ飛び込み、空間全体を支配するような演出は、純粋に息を呑むものがあった。空間演出だけでなく、空間自体を転換させる手法は、MVのようなシーン転換も連想させるダイナミックなものだ。そして、その空間を「CIELさんの心の世界」とすることで、アーティストの世界観を全身で体験することができる。VRだからこそできる演出だろう。

ちなみに、ライブの終盤では銀テープが舞ったのだが、後にこのテープの3Dモデルが「メモリアルテープ」として配布されている。いわゆる「おみやげ」だ。こうした粋なはからいを見せてくれたことも、VRイベントとして評価したいところだ。

今回のライブをもって、活動休止に入るCIELさんだが、その節目としては申し分なさすぎる晴れ舞台だった。またこのような舞台を見られることを心待ちにしたい。もちろん、他のKAMITSUBAKI STUDIOアーティストが立つVRChatのステージも、ぜひ拝みたいものだ。


アーカイブ配信

※YouTubeアーカイブは序盤のみ配信

「Z-aN」の配信アーカイブページはこちら(視聴期間は6月23日(日) 23:59まで)。

(TEXT by 浅田カズラ

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